ANMELDEN
「…………っ」
とめどなく涙が溢れる。
今は夜中。家族はもう寝静まっている。泣き声を漏らさないように、そっとバスタオルで顔を拭いた。バスタオルはびしょ濡れである。
パソコンの画面には、三人の親子が映っている。ギャルゲーの主人公であるリュークとメインヒロインのルリアン。そして二人の子供だ。
「幸せにな……」
つい声が漏れた。まぁ、これくらいじゃ隣の部屋の兄貴も起きないだろう。
エンディング曲『あなたに会える日まで』を聴きながら、俺はスマホを手に取った。このギャルゲーを勧めてくれた友人にメッセージを送るためだ。
『攻略した。最高だよ。泣きゲー界の神だ。マジで泣いた。感動だ。曲も神がかってるな。これから曲を聞くだけで泣きそうになる自信がある。ただ、全員攻略しないとこのアナザーストーリーが解放されないのだけは辛いな。お前が勧めるから頑張ったけど――』
長すぎるか。
長すぎるな。
冷静になり、「全員攻略しないと」の下りからは消して送信した。気の合う友人には、つい長文で送ってしまう。我ながらウザくて引かれそうだという自覚はあるので控えめにはしているつもりだ。
俺は陰キャだ。常にクラスで気の合うのは一人か二人。感染症が流行る時期は誰とも話せない日がある。だから、どうか友人が今日も健康でありますようにといつも祈っている。
ただ、挨拶くらいは普通にする。社会不適合者ではない。学校外で誰かと遊ぶことがないだけだ。「うぇーい」とはしゃぐ陽キャなクラスメイトたちを、羨ましさを隠して薄ら笑いで見ている側だ。
「でも、俺にはゲームがある。語り合える友人もいる」
スマホに通知がきた。友人もどうやら起きていたらしい。
『お、終わったか。最高だろ。でもお前は、ラビッツアフターが欲しいんだよな。分かる分かる』
メッセージを読むなり頷いて、『それな』のスタンプを押す。俺がもっとも好きなのはルリアンではなくラビッツ・ロマンシカだ。
今見終わったアナザーストーリーは、リュークとルリアンが両想いになってからの話。このメーカーでは、メインではない他のヒロインとのイチャイチャなその後の話を「〇〇アフター」という商品名で発売することがある。
ただ、ラビッツの人気は低いんだよな……。発売される可能性はおそらくゼロだろう。
最後にラビッツを見てから寝ようと、回想画面からオープニング曲を再生した。
冬の学園がモノクロから少しずつ色づく。
雪がひとひら。
またひとひら。
光の球が空へと昇っていく。
透明感のある歌声に命が吹き込まれるように、タイトルが表示される。
『星が空へと昇る世界で 〜Last Memory〜』
レッドブラウンの髪と紫の瞳のラビッツ・ロマンシカが名前と共に現れ、台詞が表示される――。
『あの日の約束、覚えてる?』
ラビたーん!!!
その神台詞に、もう一度涙がこぼれた。まさかその台詞が、あのアナザーストーリーに繋がっているとはな!
リュークとルリアン、そしてリュークの大親友であるニコラとラビッツがいてこそのアナザーストーリーのあのラストだ。
うぉぉぉぉぉ!!!
ラビッツへの愛を深くしながらヘッドホンを置き、パソコンの電源を落とす。濡れたバスタオルとスマホを持って布団へと潜り込み、設定資料集を電子マネーでポチッと購入した。
――主人公の親友であるニコラ・スタッドボルトに転生するのは、この日から一週間後のことである。
◆
ついにこの日が来たか。
王立魔法学園の入学式だ。
日本のゲームだからか、桜が咲き乱れている。俺の頭にはジャパリス国から輸入された花だという、前世とはまったく違う知識が埋め込まれている。
前世では、トラックに轢かれそうな子供を助けてあの世行き――というベタな最期を迎え、気がついたらこの世界にいた。俺を育ててくれた両親にも、クラスでたった一人の友人にも申し訳ない。せめて、助けたあの子が無事でいてくれたらと願う。
この半年間、大変だった。
ニコラの身分は王子。
記憶を引き継いでいるとはいえ、混乱していた俺を皆が支えてくれた。人前で話す訓練などのスパルタ再教育により、やっとニコラらしさが板についてきた。
公では王子らしく振る舞うものの、プライベートではお調子者のおバカキャラ。「泥船に乗った気で俺様に任せとけ!」が口癖の憎めない奴。それがニコラだ。
――そして今日、あのゲームの舞台が始まる!
陰キャな俺とはオサラバだ。誰も前世の俺を知らないこの世界で、リア充としての日々が幕を開ける。
今日が俺の転生デビュー初日だ!
期待に胸を膨らませ――といきたいところだが、足がガクブルだ。王子としての訓練とは違う緊張感がある。なにせここには、最推しのラビッツがいるのだから。
「おいおいニコラ、顔が真っ青じゃねーか。大丈夫かよ」
「大丈夫だ。俺は王子、問題ない。俺は王子俺は王子俺は王子……」
「全然大丈夫じゃねーだろっ」
ポンッと俺の頭を小突いたのは、幼馴染で親友の騎士、リューク・ダイバーン。青い髪と瞳でクールに見せている。飄々としてるくせに仲間思いの、かっこいい奴だ。俺の悪ノリにも付き合ってくれる。
辺境伯家から預かる形で、王宮で仲よく過ごしていた。ここ何年かはリュークだけ騎士学校に入っていたのでしばらく会ってはいなかったものの、俺専属の護衛になるべき才能ある人材として育てられ、悪い扱いはされていない。本人は三男だから気楽でいいと呑気にしている。
そして――来るぞ。
俺の最推しが、もうすぐ!!!
会える日を待ち望んでいた、ラビッツ・ロマンシカ。平民出のルリアン・ウィービングと対をなす悪役令嬢。俺の婚約者なのにリュークの攻略対象であるせいで、一番不人気だった。
リュークに惹かれちゃダメ、ニコラの婚約者なんだからと切ない乙女心や葛藤や苦悩を抱えながらもツンツンしているところが激萌えなのだ。
今の俺の立場からすると複雑だが……。
そろそろだ!
そろそろ来るはずだ!
この世界では、ジャパリス国から輸入された悪役令嬢小説がなぜか流行っている。ゲーム制作者の遊び心だろう。ゲームの序盤でラビッツはルリアンにみみっちい嫌がらせをするので、小説になぞらえて「悪役令嬢」とみんなに言われてしまう。オープニングでは名前の上に『ツンデレ悪役令嬢』という異名が書かれていた。
まだ学園生活は始まっていないので、それを知っているのは俺だけだ。
今の俺はゲームとは違う。ゲームのラビッツルートのように、二人のキューピッドになるつもりはない。
どうにか転生デビューを果たし、ラビッツの心を俺に向けてみせる……!
「陰キャの俺には厳しいぜ……」
「昔の威勢はどうしたんだよ」
「俺様はナイーブなんだ」
「しばらく見ない間に、小さい男になっちまったなぁ」
「平均身長だよ!」
正直、ラビッツの婚約者であることを除けば、モブがよかった気持ちもある。王子という身分はメンタル面でもハードルが高い。半年間の訓練で様にはなってきたものの、楽じゃない。
しかし!
誰も俺を知らない世界でやり直しができるのは大きい!
「相変わらずのバカ王子っぷりね、ニコラ。リューク様もお変わりなさそうで」
来ったぁぁぁ!!
悪役令嬢、ラビッツ・ロマンシカ!
薔薇を形どったバレッタでサイドの髪を後ろで留めている。ゲームと同じく鮮やかなレッドブラウンの髪だ。ここでもバレッタから兎耳が生えているのはギャルゲー仕様だろう。
俺たち三人は幼馴染。ずっと仲よしではあるものの、俺とラビッツが婚約中で、ラビッツはリュークに恋をしているというなんともいえない三角関係だ。
「久しぶりだな。俺とリュークで扱いが違わないか?」
「あなたにはこれでいいでしょう。わざわざ丁寧にする必要ある?」
「婚約者なのに?」
「だからでしょう。私だって、婚約者じゃなかったらもっと敬意を払っているわよ」
「ひっでーなー」
前世でこんなに口の悪い貴族は創作ですらなかなかないだろうが……ここはギャルゲーの世界。制作者の趣味の世界だ。思う存分、ツンツンを味わえる。
「未だにプライベートでは言葉遣いが悪いのね」
「公私混同はよくねーよ」
「ふん。バカ王子!」
よし、いつも通りの会話だ。しばらくラビッツとも会っていなかったからな。挙動不審にならず、記憶の通りに振る舞えてよかった。ラビッツもツンツンしてくれている。
……でもな。
デレも見たい!
生でデレも見たいんだよ!
「リューク様も、えっと。ごきげんよう。久しぶりね。元気だった?」
頼むー。そんな恋する乙女みたいな顔を親友に向けないでくれー。しょっぱなから心が折れる……。
「水臭ぇよ、ラビッツ。元気そうだな。昔みたいにリュークって呼んでくれよ。調子が出ないぜ」
「そう呼んでいいならそうするわ。すごく逞しくなったわね。騎士学校も卒業したのよね」
「まぁな」
なんだよ、この俺だけ除け者みたいないい雰囲気は! ていうか、ゲームでもこんな会話聞いたな!?
いや、しかし前世に比べれば童顔ではあるものの俺はかなりのイケメンだ。金髪碧眼で顔はいい。おバカキャラだったし、ゲームのオープニングでも『お調子者なおバカ王子』という異名が表示されていたが、顔はいいんだ! 自信を持て、俺!
「じゃ、先に行くわね」
今は入学式のために門をくぐってホールへと歩いているところだ。桜の花びらが風に揺れる。柔らかい春の空気が俺たちを包む。
「待てよ、ラビッツ」
俺は彼女を呼び止めた。
「なに?」
「せっかく学園で一緒に過ごせるんだしさ、たくさん話そうぜ」
「……あんたとは、いつか嫌でもたくさん話さなきゃならない日がくるじゃない」
結婚したらってことか。ガックリくるな。彼女の心を俺に向けるなんて、できるのだろうか。陰キャだった俺なんかに。
「ねぇ」
ふふっと彼女が俺たちに意味深に微笑んだ。風に舞い散る花びらの中に佇む彼女はどこか幻想的だ。
――俺は知っている、このシーンを。
澄んだ歌声がどこからか聞こえるようだ。あのオープニング曲『はじまりの|詩《うた》』は最高だった。せっかくのゲーム世界なんだから、音楽も流れてほしい。
さっきまでのツンツンな態度が嘘のような柔らかい笑みを浮かべて、彼女が小さく俺たちに向けて呟く。俺はその言葉も知っている。
「あの日の約束、覚えてる?」
きたー!
オープニング曲のキャラ紹介でも使われていた神台詞きたー!
ラビたん!
ラビたん!
ラビたん!
ラビたん!
ラビッツが踵を返して駆けていく。
俺はたまらずに叫んだ。
「ラビッツ!」
彼女が立ち止まる。
「俺、お前が好きだから! 絶対にお前を振り向かせるから!」
俺は気づいたらゲームにはなかった行動をしていたわけで――もう一度振り向いた彼女は、なぜか無表情だった。
俺をじっと見つめたあとに、また前を向いて走り去っていく。
「青春だな」
ボソッと呟くリュークの言葉に、冷静になる。
「なぁ、リューク。その気のない婚約者に大声で好きだと言われた女ってどんな気持ちになると思う?」
「まぁ、迷惑だな」
「だよな……」
ゲームと同じ台詞を聞いてテンションがマックスに達してしまった。俺はアホだ……婚約者とはいえ、せめてもう少しあいつが俺を好きになってくれないと、迷惑すぎる。
自信はないけど。
「なぁ、リューク」
もう一度、地味に落ち込みながら話しかける。
「なんだよ」
「ラビッツの気持ちを理解したいから、さっきの俺の台詞を同じように叫んでくれないか」
「俺の趣味を疑われるだろ!」
そうだな、想像するだけで気持ち悪い。俺は主人公ではない。これからは気をつけよう。
ん?
あれは? リュークの背後からすごい勢いで向かってくるあれは?
「はわわぁ〜、遅刻遅刻ぅ〜!」
気づいていないリュークは前方の花壇をよけるように大きく右へずれた。俺はブロックに飛び移る。
リュークにだけ激突だ。
「ぐえっ」
やはり来たか……メインヒロインのルリアンだ。
「はわわわ。だ、大丈夫ですかぁ〜?」
薄い金髪でふわっふわの肩までの髪に、ピンクのリボンをつけた青い瞳のヒロインだ。ゲーム通り、リュークは体当たりをされてずっこけている。
「いてぇ……」
「リューク、お前騎士のくせになんで攻撃を食らってんだよ」
「後ろから不意打ちを食らうとは思わねーだろ!」
普段ならよけられたと思うが、そこはゲームの強制力か。まさにゲーム通りのヒロインとリュークの会話が始まる。
「ごめんなさい。あの、でも、私急ぐので! 行きますね!」
「おい、まだ入学式まで時間はあるぞ」
「私、挨拶をしないといけなくて。実はちょっとした打ち合わせがあるんです」
「は?」
「首席さんなんですよ、私。ルリアン・ウィービングと申します。ルリルリって呼んでもいいですよ」
「呼ばねーよ」
「あは、残念。では行きますね!」
きたー! 同じく、オープニング曲でのキャラ紹介にもあった台詞!
『ルリルリって呼んでもいいですよ』
きましたよ、コレ。
ああ、俺――本当にあのゲームの中にいるんだな……!
「ニコラ、お前だけ避けやがったな。ルリアンだっけか、首席だってな。お前、あれに負けたんだな」
リュークがもう小さくなったルリアンの背中を親指で指しながら、やれやれとため息をついた。
「うるせーよ!」
王子だから首席狙いでめちゃくちゃ勉強させられた。ゲームでもルリアンに首席をとられていたから無理だろうと思ったけど、周囲が期待するから頑張った。
そして、駄目だった。
ゲームの強制力には抗えない。少し挫折した。これからも定期テストでルリアンは一位をとり続ける。厳しいことは分かっている。
でも、いつか勝とうと思う。
ゲームの俺と今の俺は違うんだから、可能性はあるはずだ。もし勝てたら、ラビッツも見直してくれるかもしれないしな。才能は前世よりあるわけだし。
よぉし!
転生デビューの始まりだ!
他の攻略キャラの印象的な数々の台詞は、主人公と女の子が二人きりの時だったから俺は聞けないな……と思いながら、ホールへとまた足を踏み出した。
ラビッツと共に校舎の裏側にまわってみる。人気のないところの方が、生徒会長のボトルはない気がしたからだ。せっかくならゲームから外れてみたい。 ボトルがどこに着地するかは、中身を入れた学生の意識も多少は反映する。誰にも見つけてほしくないと望む者のボトルは植え込みの中にある、といった具合だ。「お。二つあるけどどうする?」 人通りの少ないそこで、植え込みの間からチラチラと虹色の光が見えた。「いいじゃない、それにしましょう」 ラビッツが片方のボトルを拾う。指先が触れた瞬間、ボトルの虹色の光は静かに消えた。淡い光だけをわずかにまとう。俺も片方を拾い上げ、中を確認する。 丁寧にたたまれた白いハンカチ一枚とヒントのメモ用紙。『生徒会長』 その文字を見てガガーンと崩れ落ちた。「やっぱり生徒会長じゃないか……。なんでこんなところにボトルがあるんだよ。生徒会長なんて目立つことやってんのにさー。お、ハンカチにはボトルの刺繍がしてあるな。あー、ヘタでごめんってメモに書いてある。なるほど、自信がなかったからボトルがここに来たのか……」 中に入れる宝物は、さすがに自由にすると金額が高くなる。購買でもこの時期には手作りキットがたくさん販売されていて、いくらまでと金額の上限も決まっている。「私のはポストカードね。素敵な絵が描いてあるわ。ドーナツ岩があるから学園の湖ね」「へぇ、綺麗だな」「で、これ見て」「おっ」 ヒントの単語は『副生徒会長』だ。「仲いいな」「二つ並んでたものね」 ゲームでは、リュークのボトルの相手はルートに入っている女の子になる。それ以外のヒロインが誰のボトルを手に取ったのかは分からなかった。「なんにせよ、リュークとラビッツのルートはなくなったな。よかった……本当によかった」「え。まだ可能性があると思ってたの?」「だって怖いじゃんかよ。リュークはほら、カッコいいしさ」「ん……そうね。カッコいい、わよね。でも、ほら、あんただって、その、あの、カ、カ、カ、ガ、ガンバッテるじゃない? ほら、王子のお仕事とか。えっと、鍛えてもいるみたい、だし?」 なんでそんなにシドロモドロなんだ? 日頃ツンツンしているから、誰かをフォローするのも苦手なのかもしれない。「ありがとな。確かに……前世よりも頑張ってる。そうすることでしか見えない景色もあるんだなって
思念品はリュークとルリアンに任せ、それ以外には特に何事もなく、五月下旬となった。 ルリアンに聞いて全ての思念を把握しているリュークから、ポチの部屋に俺は近づかない方がいいと言われたことが、少し気になってはいる。でも、実際には何も起こっていないわけだし、深く考えないことにした。女性陣は色々と持ち込んでメルヘンな部屋になっているらしい。 絶対に何か起こる気がするとトラが言っていたし、嵐の前の静けさのような気もするが……。 パトロール隊へのささいな要望や事件はぽつぽつあった。魔法理論の講義を応用した生徒同士の悪戯で影がおかしなダンスをするようになり生徒が駆け込んできたり、教科書を枕にしたら首が痛いと泣きついてくる生徒までいた。そっちは魔法関係ないだろうと言いたいが、ルリアンが治癒魔法で回復させていた。 いずれもその日のうちに解決だ。主に、先生に言うのが恥ずかしい話が持ち込まれる。ほとんどルリアン一人で解決してしまうのが、さすがというべきか……。 生徒のおふざけには相変わらずペンデュラムが反応し、全員で出動している。 内容はいかにも学生だなぁと微笑ましい。もしかすると、前世の俺にニコラの記憶がプラスされて、俺の精神年齢はそこそこ上に達しているのかもしれない。「――と思うんだけど、ラビッツ」「やらしい発言が多々見られるし、どうかしらね」「仕方ないだろう。女の子と付き合ったことは一度もないんだぞ!?」「……そう、可哀想ね」 なんで睨むんだ! 「もしかしてラビッツには……恋人がいたとか?」「いないわよ」「やったー!!!」「両手をあげて喜んでいる時点で、精神年齢は幼いわね」「嬉しいんだよ!」 ということは、もしかして俺が初恋人とか初キスとか初デートの相手になるかもしれないのか!?「やったー!!!」「しつこいってば」「ラビッツ! 俺とキスしてください!」 ――スパーン!「しないわよ!」 また扇子が飛んできた。 「なんで……」 最近はいい雰囲気になることもあるじゃないか。ツンデレは好きだけど、好きだけど……!「〜〜〜っ。い、言ったじゃない。ムードを考えなさいって。ムードづくりよ。た、例えば、その、ほら、い、一応私たちも婚約者同士なわけだし? あるでしょ。必要な、ね。えっと。まずは舞台というか、デ、デ……だから、ほら、あの……」
「これは……」 リュークが自ら持ってきた箱を置いて、ゴクリと喉を鳴らす。「ヤバイ予感はしていたが……」「運んでくれてありがとな、お疲れ様」 労いを込めてガシッとリュークの肩に手を添えた。「疲れるのは、これからだろう」「うぅぅ。怖すぎるな……」 パトロール隊への要望ボックスが置いてある机の下に、なぜか箱が置いてあった。要望書を確認して、リュークが旧校舎へ運んでくれた。要望書に書いてあった内容は――、『思念品が家に大量にあります。亡くなった祖父がおかしなものを集めるのが趣味だったのですが、量が多く処分に困っているので、なんとかしてください。こちらは一部です。浄聖師に断られた品もあります』 ここは、意思の力で魔法が発動する世界。思念が残ることもあり、呪われのなんとかみたいなのも前世より多いし眉唾ものでもない。前世ならポルターガイストかと思われる現象も、ここでは「そんなこともあるよね」で終わってしまう。 しかし、これは量が多すぎるし集まりすぎている。この箱からおかしな気配がグワングワンと漂っている。「……私は、何もできないと思う」 ベル子はそうだよな。浄化は特殊魔法だ。むしろ使えない人のが多い。日本でいうところのお清めの塩くらいの浄化はできても、思念を祓うことは難しい。「埋めたくなるわね」「地上が見つからないくらいに、地中深く埋めちゃうにゃん〜」「うちの領地の浄聖師に分配してもよろしくてよ」「い、いやいや、オリヴィア嬢の気持ちはありがたいが、最初から諦めるのもな」 こういったものは教会の浄聖師に任せるのが一般的ではあるものの、それなりの寄付金は必要だ。ゴミとして処理しようにも思念だけで形を保っているので処分できず、持ち主の元へそのうち戻ってしまう。それに……。「浄聖師さんに断られる理由が分かりました」 思念を感じ取ることができるのは、この中でルリアンだけだ。「おおまかにしか分かりませんが、リストにしますね」 皆でルリアンの書く内容を見つめる。「踊るくま人形」 夜中に踊り出すぬいぐるみ。ダンスが好きだった少女の「もっと踊りたかった」という思念が宿り夜中に踊る。両親の離婚により習い事の継続が不可能になったようだ。「夢を映す鏡」 触ると夜に見た夢が映る。「さっき見た夢を思い出したい」という思念が宿る。誰も触らない場合、夜中0時に
「お二人とも、同時でしたねっ!」 今日は交流会の翌日、ベル子ちゃんとラビちゃんが部屋へ遊びに来てくれました。ラビさんのことはラビちゃんと呼んではいるものの……高貴なお方の空気を感じて、心の中ではたまにラビさんと呼んでしまうこともあります。「……お邪魔します」「邪魔するわね」「はい、どうぞ中へお入りください。ちょうど紅茶を入れたところなんです」「いい香りね」「はい、お気に入りのローズティーです。お口に合うかは分かりませんが……」「ありがとう」 日差しがやわらかく差し込む部屋の中で、ティーテーブルには三つのカップと、手作りのクッキーを並べた小さなガラス皿。 うん! ちゃんと女子会してますよね!「このテーブルクロスも可愛いわね。さすがルリルリ」 「えへへ。お店で見つけて一目惚れしちゃって」「ルリルリの部屋……全部、可愛い」「ほんとよね」 今までは学校が終わるとすぐに家に帰らなければならず、家庭教師だったり習い事だったりと大忙しでした。 女子会なるものが流行っていることは知っていましたが、これが初めてです! 皆で「いただきます」とクッキーを食べて美味しいねと笑い合ったりラビちゃんが「私の釘が打てそうなクッキーとは大違いね」と少し落ち込んでいるのを慰めたりと時間が過ぎていきます。「それで本題。昨日はどうなったの」 ベル子ちゃんがいきなり切り込みましたよ!?「それが……全然ダメだったの」 ラビちゃんが顔を覆って落ち込んでいます。たまに、こうなっちゃうんですよね。……ニコラさんの前では強がっていますが。「進展なし?」 ベル子ちゃん、容赦なしです!「可愛げがなさすぎて自分にガッカリする……。で、でもね、ニコラだって悪いのよ!」「うん、分かる。ニコラさん、鈍そうな気がする」 だからベル子ちゃーん!「た、確かに鈍いけど! でもほら、ああ見えてえっと……か、顔とか可愛い系でしょ?」 フォローに入りましたね!「はい、可愛い系だと思います」 王子様の見た目に対して、この返答でよかったんでしょうか。「それに、たまには……か、かっこいいところもあるわよね」「はい、ニコラさんの采配にすごいなと思ったことも何度もあります」「そうよね、頼りがいがあるところだってあるし、たまには私だってドキドキしたり……おかしくないわよね?」「はい、
「……そうなの。この世界の最果ては旧校舎だったのね」「悪い、アレは勢いで言った」「分かってるわよ」 つい、馴染みのある旧校舎に来てしまった。まだ春だというのに汗がポタポタとたれる。さすがに冷静になってきた。「もう降ろして」「痛いんだろ?」 どうして俺はここに来たんだ。「少し休んだらよくなったわ」「また歩いたら痛くなるだろう。寮まで引き返すか」「……ごめん、本当はそんなに痛くないの」「え?」「少し二人で話したくて」 俺と二人きりになりたかった!? いやいや、まだ分からない。前世では俺の母親もヒールは足が痛くなると言っていた。無理している可能性は高い。「もうっ、降ろしてってば」「痛かったらすぐ言えよ」 パタパタと軽く暴れるので、そっと降ろした。「腕、大丈夫なの? すごく汗かいてるけど」「明日には筋肉痛になる自信はある」「……無理しちゃって」「楽しかったからいいんだ」「そう。それなら……、ほら。エスコートくらいしなさいよ」 ラビッツが少しむくれた顔で、手をひらひらさせた。腕を差し出すと、スッとのせてくれた。「今日はサービスがいいな」「ドレスを着る機会なんて、あんまりないもの。あんたも……王子様らしい服だし」「だよな。ラビッツのドレス姿、想像以上に綺麗で可愛いなー」「そう思うなら、記憶に刻んでおきなさいよねっ」「もちろん」 ラビッツはほんのり頬を染めながら、照れ隠しにか睨んでくる。でも、口元は少し緩んでいる。「足が大丈夫なら……屋上とかどうかな」「あ、行ってみたいかも」「やっぱり運ぼうか?」「いらないわ。エスコートだけしなさいよ」 ――ラビッツに、好かれている。 ツンツンしていても好意が伝わってくる。それだけは、勘違いじゃないよな?「今さ、俺……甘い空気を感じてるんだけど」「そう。よかったわね」「ラビッツも感じてるか?」「そんなの、教えてあげるわけないでしょ!」 ちらりとこちらを見てはすぐ視線を逸らす。その仕草にドキドキしっぱなしだ。ツンとした態度の裏にデレがこぼれる──ツンデレは最高だと叫びたくなる。「そういえば、あんたって陰キャなのよね」「ぐはっ!」 突然の大ダメージだ。「たまにそれを感じる時があるわ」「が、頑張って王子、やってるのに……」 いきなりなんでそんな話になるんだ。「
「本日は待ちに待った交流会当日です! 学年の垣根を超えて――」 生徒会長の挨拶で立食会が始まった。こんな時は生徒会が挨拶なりなんなりを行う。 漫画なんかだと、生徒会には華やかなメンバーがいたりするものの、このゲームではパトロール隊が主役だったからな。生徒会は地味な扱いだった。 そして、生徒会と俺たちパトロール隊がゲームの中で絡むのは、後半だ。 ――その時が来るのは、少し怖い。 相談事をされるだけだけどな。どうして名簿にあの女の子がいないのか……と。「では、ファーストダンスをニコラ様とラビッツ様に踊っていただきましょう」 事前に聞いていた通りのタイミングで、促される。生徒たちの視線が集まる。 ラビッツは、いつもと違ってドレス姿だ。真紅のドレスは鮮やかで目を奪われる。ウエストから流れるラインはなめらかで、歩くたびにシルクシフォンのアクセントが淡く光を纏いながらふわりと舞う。胸元には翡翠のブローチが輝き、レッドブラウンの髪はハーフアップに結われて波打つ。 ……正直、見惚れてしまう。「変な顔してどうしたの」「綺麗だなって」「……さっきも聞いたから、このタイミングで言わないで」 そう睨まれてもな。会場に入ってから、つい何度も言ってしまう。それしか考えられなくなるんだよな。 俺たちが手を重ねるのを合図に、曲が始まった。合わせて、会場の中心へと踏み出す。腰に手を添え、生徒たちの視線を受けながら優雅にステップを踏む。「……ニコラ」 小さく名を呼ばれて、目が合う。「ん?」「私……ちゃんと、踊れてるわよね」「ああ、踊りやすい。息がぴったりだよな。練習のお陰かもしれないけど、お似合いのカップルだ」「まったく、あんたは……。でも、私もそう思う」「お似合いのカップルって?」「踊りやすいって!」 互いに緊張がほどけて、足の運びがよりスムーズになる。一曲目が終わり、生徒会長がまた挨拶をした。「お二人のダンス、まさに夢のようでしたね! 続けてダンスは会場中央付近でのみ、皆さんもご自由にご参加ください。本日の立食交流会を、どうぞお楽しみください」 生徒会長の挨拶が拍手で包まれると、立食会の空気は一層華やかさを増した。貴族の生徒たちはペアを組んで優雅に踊り始める者もいれば、バイキングの料理へと足を運ぶ者もいる。会場の中央を囲うように職員によってロープ







